概要

分子イメージングとは、人間の体を構成する様々な分子の働きを外部から直接観察し、定量的に評価することのできる技術です。この技術を用いることで薬剤がもたらす生体内の分子的変化を画像として定量的に評価することができます。それによって、その治療薬の効果や副作用の最適なバランスを個体レベルで定量的に評価できるようになります。従来であれば、治療薬の薬理学的特性や血中濃度により決定されていた至適用量が、実際の生体内での薬物作用を反映して設定できるようになります。特に精神科領域においては、精神疾患の症状を「心の問題」として捉えられることが多く、実際に脳の中で起きている分子的な変化についてはわかりませんでした。しかし、分子イメージング技術により、心の問題を脳内の分子的な問題として理解できるようになり、より正確な病態把握と診断が可能となっています。

実際

日本医科大学に併設されている健診医療センター内のPETCTを用いて検査をしています。その際に、それぞれの用途に合った(分子プローブ)を用います。例えば、アルツハイマー病の診断において、β-アミロイドに結合する検査薬を用いることで脳内のβアミロイドの分布がわかります。

歴史

分子イメージング研究は、海外では1990年代から研究が進められています。この20年の研究の歴史の中で、特にインパクトの大きいものが、統合失調症の脳内物質の研究と、当教室のアルツハイマー病の研究です。以前から、統合失調症の原因としてドパミン仮説が言われていましたが、推測に過ぎず、定量的な証拠はありませんでした。それが、分子イメージング研究によって健常者とのドパミン受容体の変化の違いが画像的にわかるようになり、その仮説が証明されたのです。また、アルツハイマー病では、βアミロイドの蓄積を確認するには、亡くなった患者さんの脳を解剖し、βアミロイドの沈着を確認するしかありませんでした。しかし、これも分子イメージングにより、生きている患者さんの脳内を評価することができ、アルツハイマー病の早期診断も可能になりつつあります。

今後

現在は、アルツハイマー病に関して、物忘れの程度などの症状の変化を基準に診断や治療の評価を行っています。しかし、分子イメージングによってβアミロイドの蓄積を可視化できるようになると、症状のみをもとに診断するのではなく、βアミロイドの蓄積の状態によって分子レベルで診断していくことも考えられます。治療評価においても、治療効果としての本質的な判定を、定量的に評価することが可能になるのではないかと考えています。このβアミロイド検査薬(AV-45)を用いたアルツハイマー病の分子イメージング検査は、米国ではFDAによって承認され、既に保険適応を受けています。日本ではまだ保険適応はされておらず、AV-45を用いて臨床研究を実施しているのは、当教室と共同研究先の放射線医学総合研究所のほかには、数施設に限られています。また、分子イメージングによるアルツハイマー病の研究症例数は、他施設では10例程度でありますが、当教室では100名以上の方に協力していただき、日本では最も多い施設となっています。